2007年03月04日

アニメーション再興の礎となった機動戦士Vガンダム

(敬称略)
○1979年のガンダムブーム
 1974年に放送を開始した『宇宙戦艦ヤマト』 は1977年に劇場版作品が公開されて大ヒットとなる。富野由悠季は打倒西崎義展を掲げ『ザンボットスリー』の後、1979年に『機動戦士ガンダム』を世に送り出す。後に劇場版三部作が公開され、一大ブームを巻き起こし、ガンダムプラモデルは常に品薄状態だった。私も雨が降った後に大きな水たまりとなったイトーヨーカドーの駐車場でガンプラを買うために並んで待った記憶がある。当時、ファミコンも無い時代であり、ビデオデッキは高級品であった。競合メディアが少なかったので、テレビアニメが持つ少年少女への支配力は絶大だった。 
1979年放映の機動戦士ガンダムは通称[ファーストガンダム]と呼ばれている。ガンダムの作品中においてはスペースコロニーへの移民が開始された年を宇宙世紀元年との設定である(Universal Century:U.C.)。[ファーストガンダム]はU.C.0079だ。
7年後の1985年にZガンダム(U.C.0087)放映、1988年劇場版[機動戦士ガンダム 逆襲のシャア](U.C.0093)、1991年[機動戦士ガンダムF91](U.C.0123)、そして、1993年[機動戦士Vガンダム](U.C.00153)へと繋がる。

○宇宙世紀シリーズ最終章となる機動戦士Vガンダムの放映
 ZガンダムやF91を経て、旧来の宇宙世紀シリーズのガンダムとは一線を画した作品としてVガンダムは登場した。旧来の人物系譜を切り捨て、主人公を歴代ガンダムシリーズ最年少の13歳とした。
----概要転載----
宇宙世紀0149年。サイド2にて建国したザンスカール帝国は地球に侵攻を開始。地球連邦はさしたる抵抗をすることもできず、民間の抵抗組織「リガ・ミリティア」だけがザンスカール帝国の「ベスパ」と戦っていた。ある日、戦闘に巻き込まれたウッソは、成り行きで「V(ヴィクトリー)ガンダム」を操縦することになり…。
-------転載終わり-------
ざくっと総評を述べると、100年後、もしくは50年後でもいい、それらの後世の人たちから見て、すべてのガンダムシリーズ中、ファーストガンダムの次に付けるぐらいの評価が下されると、私は確信している。確かに話数によっては作画荒れがひどく
「マーベットさんの目が『ナニワ金融道状態』だよ!」
とも揶揄されたが、ストーリーの骨子は普遍の価値を持つ。
 頑是ない子供には解りづらいのが、連邦政府が弱体化して各地のコロニー勢力が群雄割拠状態にあり、急速に台頭するザンスカール帝国に抵抗するリガミリティアと連邦政府軍の一部が呼応して戦線を張っている、という政治情勢である。
 登場人物は大上段に構えている人物は少なく、どいつもこいつも明るいながらも必死なのである。必死なだけあって、どんどん作中のキャラクターは戦闘で死んでいく。湯水の如く人を死なせる不条理さは、私にしてみればむしろ戦争作品における矯激のリアリティがあると感じた。
 インターネットを散見すると、「Vガンダムななぜ失敗したか?」という論調が目に付くが、私は総体として作品を見て失敗とは思わない。優れたストーリテリングと世界観を作画が活かしきれなかった事は残念だとは思う。スタッフの無念は、名作としての評価を受けるに値する内容であったのに、「絵だけで評価する世間」に負けたという点において存すると思う。

○学校依存をバロメーターとした保守派アニメと革新派アニメ
 アニメは美少女・メカ・SFを三要素として成立している。もう一つの要素として学校依存度合による作品の挑戦度計測がある。どういうことかというと、アニメ作品にはおおよそ学校がでてくる。小学校・中学校・高等学校・大学(のサークル)に設定を依存する。舞台を片足だけ学校に突っ込んでおくと、視聴者が共感しやすいという図式だ。よく思い返してほしい、学校が出てこないアニメ作品は極小数だ。ファーストガンダムは「学校へ行こう」とするところで戦禍に巻き込まれるが、実質的に学校は出てこない。私はそこに驚いた。ガンダムSEEDで主要キャラクターはヘリオポリスコロニーではカトウ教授の研究室に出入りしている御学友達として描かれる。「学校」は登場人物同士を結びつける共同体として解りやすい以上に、視聴者に親近感を持って貰うためのギミックとして機能している。新世紀エヴァンゲリオンを思い出して欲しい。最初から最後まで学校依存が抜けなかった。「学校」とは遠い世界設定であった「エウレカセブン」では主人公レントンの内面心理世界を描く時にやはり「学校」を使っている。
 私はVガンダムが革新派アニメであるとする論拠に「学校」依存が皆無な点を挙げる。全く出てこないのである。当時、サンライズはガンダム枠・勇者シリーズ枠共に低視聴率に喘いでいた。Vガンダムは5%で勇者シリーズは3%である。視聴者に媚びれば「学校」依存バリバリが定石だっただろう。もう一つの革新性は体制側依存していない点である。当時のユーゴスラビア内戦に感化されたとあって、高橋良輔の太陽の牙ダグラムっぽく、トレーラーで移動しながら暴政に立ち向かうレジスタンスという、日本アニメでは少数派の図式で挑戦したのである。

○江青を髣髴とさせるカテジナ・ルース
 なんといっても、Vガンダム中、ピカ一の存在感を示したのがウーイッグで商いをしていた富豪の御令嬢カテジナ・ルースだ。
カテジナは作中冒頭「怖い人だけにはならないでね、ウッソ」とのたまっていた。やがて、文化大革命を主導し「紅色女皇」と呼ばれた江青も驚くばかりの変節を遂げていく。
主人公ウッソ・エヴィンはショタコンの「ルペ・シノ」、ギロチン家系コンプレックスのファラ・グリフォンと対戦し、カテジナ・ルース頂上決戦に至る。
カテジナはザンスカール帝国の女王の弟、クロノクル・アッシャーを領導する立場となりリガミリティアの前に立ちはだかる。後に「カテ公」の愛称で親しまれることになるカテジナ・ルースは怖い人になってしまったのだ(;^_^A アセアセ・・・。カテジナお嬢様の御変節というか御変貌振りがVガンダムの魅力の一端で、語り草となっている。
ちなみに、最終回の最後のシーンは以下の通り
いくつもの愛をかさねて
http://www.youtube.com/watch?v=JQmL2JjK-0E
全話見ないと解らないだろうが、アニメ史上屈指の思い入れ深いシーンとなっている。

○『新世紀エヴァンゲリオン』への影響
 機動戦士Vガンダムは1993年放映、新世紀エヴァンゲリオンは2年後の1995年である。最終話も含めてガイナックスはVガンダムの作画を担当している。庵野秀明自身がエヴァゲリオン製作に入るきっかけはVガンダムに感化されたことを語っている。
----転載開始----
 また、『エヴァ』は富野作品の強烈な影響下にある作品だが、その中でもっとも色濃く影響を与えた作品は、おそらくこの『Vガンダム』だろう。エヴァの2年前に放映された本作は、親に捨てられた主人公の少年(ウッソ)が「自分の中から出て行かないで」という母性のエゴイズム(シャクティやマーベット、シュラク隊のお姉さん、あるいはファラやルペ・シノのいった敵役まで)に引きずられながら、圧倒的な他者として主人公を拒絶する初恋の相手(母性を持たない少女=カテジナ)と対決する物語である。エヴァはここから「母性の肥大」と「圧倒的な他者=少女からの拒絶」という重要なモチーフをふたつ持ち帰っている。
-----転載終わり-------
Vガンダムはウッソは母親を失い、それを乗り越えていく。一方のエヴァンゲリオンは杖とも柱とも頼む母を失ったと考えていたシンジに姿を換えて母が表れる円環がある。ウッソ・エヴィン-ハンゲルグ・エヴィンという父子のわだかまりの原典もVガンダムにある。エヴァンゲリオンでは過剰なまでに父子対立が描きこまれている。
 エヴァンゲリオン後、商社筋は2匹目のドジョウ掬いに怒濤の参入を見せ、テレビアニメ製作予算は増額された。アニメ界再興の直接の引き金はエヴァンゲリオンが引いたが、エヴァンゲリオンはVガンダムなくして存在しなかった可能性があるのだ。

○Vガンダムに参加して、その後重要な役割を果たした人たち
 ユカ・マイラス役の田中 敦子(たなか あつこ)は『攻殻機動隊』シリーズの草薙素子を担当。ユカ・マイラスと草薙素子は「戦う女」という類似点がある。草薙素子役では強い女を演じながらも自らの感情を湛え、作中で存在感を示している。
福田己津央(ふくだみつお)は新世紀GPXサイバーフォーミュラ(1991年)の後、Vガンダムでは絵コンデで参加、機動戦士ガンダムSEED(2002年)、機動戦士ガンダムSEED DESTINY(2004年)ではモビルスーツの背中に重装備を背負い、ビームシールドもどきの「光の翼」を演出するなど、Vガンダムに対するオマージュも散見される。
村瀬修功(むらせ しゅうこう)はVガンダムに作画監督で参加。新機動戦記ガンダムW (1995年) ガサラキ (1998年)アルジェントソーマ (2000年)サムライチャンプルー (2004年) のキャラクターデザインを担当し、エルゴプラクシー(2006年)で監督を手がけている。


○Vガンダムサウンドトラックの奇蹟
 機動戦士VガンダムにはサウンドトラックCDがある。SCORE 1 2 3とあって、
SCORE 3がもっとも傑作だろう。千住明+ポーランド・フィルハーモニー交響楽団が奏でる交響曲はよくあるアニメサントラとは一線を画す。
 楽曲としては「もののけ姫」もVガンダムに匹敵するぐらい良いと思うが、何か違う。録音が違う、演奏者達の雰囲気が違う。シンプル録音に、奏者に任せた演奏・・・うまく言い表せない。ほんの少しのざわめきの中からフルートの音色が立ち上がり、竪琴が続く。次々と楽器が参加して曲を奏でていく様はVガンダムとは切り離しても自立するだけの世界観の重みと感情が含まれている。
 とにかく、アニメサントラとはしては桁外れの傑作だ。

----転載開始----
千住明 交響組曲第二番 サウザンドネスツ 機動戦士Vガンダムより
「重い歌を唄う人たちと」 総監督 富野由悠季
 うつくしい金髪と伸びやかな脚が、ポーランド女性の印象なのだが、その笑顔は我々がトーキョーで見る若い娘たちのものとはちがっていた。それは、男たちや老人たちもおなじで、一言でいってしまえば、歌が好きな癖に、重く悲しい歌を唄う事しか知らない人たちなのである。その彼等の素質は、今回の楽曲を録音する為に行ったクラコフで、より痛感することとなった。
かつてのポーランド王国の首都であり、第二次大戦の戦災から逃れながらも、共産主義の統制下に身を屈した内陸の都市クラコフは、我々の知る近代化から
大きく遅れをとったために、そこの人びとは、我々が知っている商業主義に汚染された明るさ、ルックスの良さや、耳障りの良さといったものを知らないのである。
 そのために、作曲者の千住明と指揮者のアンソニー・イングリス氏は、この楽曲の持っている古典としての新しいスタイルを、彼等のどのように演奏させるかで悪戦苦闘していた。しかし、それは、古典のもっている原理的な感性を肉体としているクラコフの演奏者たちの技芸を否定するものではなく、むしろ、千住音楽が目指しているものを具現化していくためには、トーキョーやロンドンで学ぶことができなくなった土着の薫りというものも必要なのだ、ということを教えられたというのが、正直な結果であった。
Vガンダムの根底的なテーマは、近代文明は、人と環境にとって怪しいものではなかったか、という物である。その解答の一端を、ぼくは、まさかオーケストラの演奏から思い知らされるとは予想もしていなかったので、これは衝撃的だった。 彼等の感性のなかには、我々がとうのむかしに忘れ去った、ダサいが、原理的な人の心の表出の方法といったものが残っていて、そういったものを思い知らせてくれたのだ。問題なのは、屈折しすぎた歴史から、そろそろ解脱して欲しいのだが、それをしようとする現在、日本人がトーキョーでやったまちがいをこの国もやるだろうという、という予測をしないために、それは、まちがいなく次のガンダムのテーマになってしまうという意味で、僕は、痛恨の念をもってこの国を好きになってしまったのである。
 クラコフの夜は、我々が三十年前に忘れ去った暗さがあったということは、比喩でなく現実なのである。
-----転載終わり-------
 悪口キングの富野由悠季がべた誉めしている。そのぐらい凄いのだ(笑)。

○まとめ
 まぁ、イラストの一つも書きたいのだけれど、一日かけてもロクなものは描けないので、文字をもじもじ打ち込むしかやらないわけ。
 なぜ、今ごろVガンダムなのかというと、この作品がオタクの歴史に埋没して、ネットで失敗作の汚名を着せられているのはどういうわけ?という義憤があるわけだ。富野監督の「このDVDは見れたものではありません」というのは当時のサンライズの体制に不満があった意趣返しだけれども、それはそれ。むしろ、少ないリソースだからこそ滲み出るギリギリ感みたいなのが作中に感じられて良いのでは?と言ってみたいだけだったり(^-^)ノ

○リンク集

Vガンダムの頃
http://ura-tomino.at.webry.info/200512/article_4.html
再びVガンダムの頃
http://ura-tomino.at.webry.info/200605/article_9.html
再びVガンダムの頃 その2
http://ura-tomino.at.webry.info/200605/article_10.html
Vガンダム 1529人
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2426
Vガンダムも宇宙世紀です
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1538947
ウッソ・エヴィン
http://mixi.jp/view_community.pl?id=979366
ロベルト・ゴメス
http://mixi.jp/view_community.pl?id=835952
オデロ・ヘンリーク 71人
http://mixi.jp/join_community.pl?id=582618
カテ公。 660人
http://mixi.jp/view_community.pl?id=71141
おかしいですよ、カテジナさん!
http://mixi.jp/view_community.pl?id=76721
シャクティ・カリン
http://mixi.jp/view_community.pl?id=147788
シュラク隊
http://mixi.jp/view_community.pl?id=98959
Vガンダム シュラク隊
http://mixi.jp/view_community.pl?id=102294
ファラ様に心酔する者たちの集い
http://mixi.jp/view_community.pl?id=111026
Vガンダム
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2426
ザンスカール帝国・ベスパ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=131983
富野由悠季
http://mixi.jp/view_community.pl?id=44617
posted by たかおん at 00:01| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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