2015年01月04日

テレビ朝日・ザスクープスペシャル 2013.8.11.書き起こし

原発と原爆 日本の原子力とアメリカの影(1)
原発と原爆 日本の原子力とアメリカの影(2)

残留放射能による内部被曝と核に関する対米関係経緯をおおまかに網羅している。
大変な労作である。
NHK系でもいくつか原発関係のドキュメンタリーが作成された。ETV系で対米関係を詳述した番組があるにはあるが、核燃問題で一挙に対米関係や内部被曝まで扱ったのは本作だけだろう。
要点だけ抜き書きした。

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幾つか大きく抜けていると思われる点を先に記述する。
誰も助けに来なかった 吉田調書、所長が「恨み」吐露(朝日新聞)
「吉田調書」が明かす 真の「フクシマ50」は 間組、南明興産だった(各紙)
14日11時頃の3号機燃料プール爆発で核燃料が構内に散乱した。
以後、指揮が落ちているのがテレビ会議録からも伺える。
吉田証言では間組と南明興産が助けに来たと述べている。
16日の自衛隊ヘリ放水+地上放水まで、現場をどうやって維持したのか。超高線量の燃料棒をどうやって片付けたのか。
遠隔操作のブルドーザーを使ったなんて話もあるが、細かいものは取り除けない。
暴力団が動員したホームレス特攻隊に集めさせたなんて噂もある。
原発は発電としては不経済であり、人的損耗を前提として稼働している。核及び核燃が秘密を産み、統治の強権化を育む役割を果たす。
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福竜丸関連の証言で、
「肝臓がん 肝機能障害 C型肝炎」
なんて言葉が出てくる。
近年の肝臓関係の疾患増加は放射能に起因するのではなかろうか?

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以下、要点だけ文字起こし
311の5日後、自衛隊が行った放水
自衛隊ヘリ放水の謎

NRC電話会議議事録では
「情報の量が少ない」「100%メルトダウンが起きている。」

NRCは12日には2人の職員を派遣。
日本側に協力すると伝えていたが、日本は支援要請を断っている。

アメリカは1979年にスリーマイル事故を経験し、それ以後新規原発を稼働させていない。日本側に奢りがあり、この事故を機会に米国が情報収集しているのではないかと勘ぐった。

ジョン・ルース駐日大使は興奮気味だった。

官邸は原発事故は当事者の東電が解決すべきだと考えていた。
原子力災害法には、事業者による解決が明記されていた。

米国は外圧をかけて、どうやって日本政府が対処できるかということを考えた。

結果的にアメリカの圧力を受けて、菅直人首相は東電に乗り込んだ。
「原発事故が大変なことになったら、外国が乗り込んでくるぞ」
「このままでは、3つの原子炉がメルトダウンするぞ」

米国ははっきりと英雄的犠牲を求めた。
人が死ぬかもしれないが、危険があっても政府として対処が必要である。
統幕長「しっかりやってよね」と言われた。
「最後は自衛隊だよね。」

NRC勧告、国務省日本部長により、米国は80km退避を指示。  
ルース駐日大使に80kmに拡大の指示。

日米同盟の危機
細の「日本の生き残りの問題です。」
3月16日4号機で二度目の火災が発生。(重要)
吉田所長「爆発したらまた死んじゃうんだぜ。」
防衛大臣「自衛隊は一番先にでて、決死的な勢いでやるべき部隊」

3月17日内部文章では、高圧放水車による放水実施予定だった。

8時30分 官邸が先にヘリ放水を行うと変更指示
9時48分 ヘリ放水
10時頃 オバマ電話会談

オバマ大統領との電話会談前にヘリ放水することには、
極めてシンボル的な意味があった。
電話会談では具体的なことは言わなかったが、政府が前面に出てやっていることは伝わった。
プロパガンダに近い意味、アメリカへのパフォーマンス
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1945年9月13日原爆計画No2トーマス・ファレル准将
「広島に残留放射能はない」
死ぬべきものは死に、残留放射能に苦しんでいる事を否定。

核の傘の元、日本政府も同じ方針をとってきた。
【注意:米国は核の傘は存在しない(他国の為の核兵器使用はしない)と明言している】
実際は、ロンドン・デイリー・エクスプレス 
ウィルフレッド・バーチェット記者外国人ジャーナリストとして
原爆投下28日後9月3日に広島入り
市内の病院直行、残留放射能に被曝した人が、次々と息絶えていく姿を目にした。

「原子病」the atomic plague
未知の何かが原因で死んでいく
No more Hiroshima として9月5日に記事を発表

9月6日トーマス・ファレル准将がウィルフレッド・バーチェットと会見
GHQが報道統制を行う
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シカゴ・デイリー・ニュース、ジョージ・ウェラー記者(写真家)

9月6日に長崎入 医者や患者を丹念に取材
爆心地、山王神社の鳥居の向こう長崎医科大附属病院が見える

放射線は肉体を貫通して血小板を破壊した。
患者の多くは内出血が止まらず死んでいった。
私はその事実を全世界に伝えたかったのだ。

GHQに没収され差し止められた。
「長崎の人々を襲う謎の病」は表にでなかった。

(息子証言)父が見たのは衝撃的な光景でした。

後発的な症状で1日10人の方が無くなっている。
原爆の残留放射線の長期的な影響だ。

白血球の減少、嘔吐、下痢、皮下出血など
放射線障害といえるだろう。

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1945年7月 原爆実験
トリニティ核実験報告書
放射能の灰が空気中に大量に漂っている
深刻な健康被害を及ぼす放射能の灰が検出された。

原爆開発責任者 レスリー・グローブス将軍
8月下旬 残留放射線による健康被害
健康そうな広島の復興作業員の白血球が8000から3800に減少
我々にとってダメージになる。

ABCC 原爆傷害調査委員会 

1950年代 健康被害調査 こちらは ウッドベリー統計部長
広島における残留放射能による症状
急性症状314人
1953年 聞き取り調査の記録
ドクター 玉垣氏 紫斑や脱毛があった
私は放射線のせいだといったが、記録は放棄された。

ABCC ウッドベリー部長は(被曝の影響を)認めていた

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(米側見解)
症状は放射線によるものではありません・・・
残留放射線は疫学調査は終わった?
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元エネルギー省政策顧問 ロバート・アルバレス氏
米政府は熟知していた
アメリカは核兵器開発を進めるため
残留放射能の危険性について、世界の世論やアメリカ国民を欺いている

科学者は軍と密接な関係にあり、軍の手足として働いた。
科学者たちは残留放射線の危険性を指摘した場合、キャリアを失うことを恐れた。

「戦争の最初の犠牲者は真実である。」ウェラー
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1953年8月 ソ連水爆実験
核開発でアメリカは初めて遅れを取った。

原子力の平和利用を打ち出す

ウラン濃縮工場 テネシー州オークリッジ

アメリカ、メリーランド州米国立公文書館
原子力平和利用計画のもう一つの狙い

1952年10月国防総省機密文書
平和と繁栄を産む原子力の方が、
戦争を生む原子力よりも世界に受け入れられやすい
原子力が建設的に利用されれば核兵器も受け入れやすくなるだろう

1953年3月国家安全保障会議議事録
現在の世論のもとでは我々は核兵器を使用できない
その感情を緩和するため あらゆる努力をすべきだ

1953年12月国家安全保障会議報告書
アメリカが同盟国に開示する原子力の情報は次のカテゴリーを含む
核兵器の戦略的活用
西側諸国に原子力を普及させ
核配備に繋げようという狙いが透けて見える。

被爆国日本から核アレルギーを取り除くため在日大使館の元
広報文化交流局が宣伝工作を行う

1954年3月アイゼンハワー演説からわずか三ヶ月後にビキニ環礁で水爆実験「ブラボー」

爆発の5時間後第五福竜丸に死の灰が降り始めた

二週間後帰港、自然界5000倍の放射能を測定

死の灰から27種類の核分裂生成物を検出した。
2週間近く汚染環境で生活、体の中に入っている。
23人全員が緊急入院
髪の毛と爪に影響、頭髪が抜け、被曝の影響でどんどん貧血が進行した。

水爆マグロでパニックなる。
反原水爆運動が盛り上がり、3200万人に上る反対署名が集まる。

1954年10月国家安全保障会議報告書にアメリカ側の狼狽ぶりが記載
「核実験の続行や原子力の平和利用に支障をきたす」
「日本への情報工作の強化が必要だ」
NSC作戦委員会の提言
「日本人の嫌悪感を除去するアクション」

「日本人患者の病気の原因は、放射能ではなく、飛び散ったサンゴの化学作用によるものとせよ」

「水爆実験の副作用について発表したプレスリリースを読んだが、核兵器が爆発したこと以外はすべてが嘘」

無線長久保山愛吉氏死去。骨髄や体中の臓器に損傷。
急性放射能症と発表。
アメリカ側は否定。

日米政治決着が図られる。

外交史料館
「アリソン駐日大使
安全保障の関わる。福竜丸に関する機密を保持」
国務省と交渉
日米有効関係上、面白からざる事態。
情報統制が敷かれる。

検閲・機密漏洩防止
ビキニ実験を国際法上の不法行為として取り扱わない
損害賠償ではなく、慰謝料として支払う建前

鳩山一郎首相、政治決着
二百万ドルにて、完全な解決とする


アメリカの宣伝工作
1954年6月 ソ連が世界初の商業用原発を稼働
1955年3月 国家安全保障会議報告書

電力不足で電気料金の高い日本にとって原発は経済的に魅力的であろう

原子力平和利用使節団 来日
ホプキンズ

濃縮ウラン受け入れ
1955年6月21日日米原子力協定仮調印

イエーツ議員の演説記録「広島への原子炉の提案」
秋には立ち消えになる。


原子力の平和利用と核兵器は安全保障上 表裏一体
核には二面性がある。
原発と原爆は表裏一体

(脱原発閣議決定)
アメリカの強い反対があったので政府として考慮せざるをえなかった
圧力は周知の事実
何人かのエネルギー省高官は日本は原子力を放棄するべきではないと緊急声明をだしました。
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アーミテージ・ナイ報告書
近未来における原子力エネルギーの欠如は日本に重大な影響を及ぼす

2006年 東芝が米ウェスチングハウスを買収
2007年 日立とGEが統合

「日本は今では世界で原発を推進する アメリカの代理人、
日本こそアメリカの影響下で原発を持続することができる唯一の希望」

日米原子力協定 
核燃料サイクル
使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを作り原発に再利用する

非核国では日本だけある種特権的な地位

(脱原発閣議決定は)
2012年9月19日 わずか5日で参考文献扱いとなった。



(参考)
「原発ゼロ」つぶしのバックにアメリカ〜「東京新聞」がスクープ

posted by たかおん at 00:08| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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