2015年01月06日

平成の関東軍「福島第一原発の保安院保安検査官はオフサイトセンターへ退避」

 原発が危機的状況に陥った場合、原子力災害対策特別措置法第3条にて、原子力事業者は原子力災害(原子力災害が生じる可能性を含む。)の拡大の防止等に関し、誠意をもって必要な措置を講ずる責務を有するとしている

 政府としては民間人の東電職員に原発を死守する命令は出せない。しかし、公務員である保安院の保安検査官は職務として、原発事故の最前線で情報を経産省へ送り続ける義務がある。
 しかし、保安検査官は避難してしまった。この件で誰も罰せられず、経産省は保安院を取り潰して責任逃れを行った。

(1)経産省には原子力発電の規制官庁であり、原発甚大事故が起きた行政責任がある。
(2)事故対応判断を損ねる引き金を引きかねない人員撤退の過失責任。
(3)MOX燃料を使用させたことによる事故重篤化の責任がある。

(2)は分かりやすい事例だが、これとても責任を取ることが無かったという点において考えるに、日本では原子力・核燃全般の運用は無理なのである。官僚機構の無謬性というは単に責任を取らないから失敗した事にならない、という屁理屈に過ぎない。小学生の民主主義とはこの事だ。

(3)の証明は難しい。3つも原子炉燃料が溶融し、燃料プール冷却機能が失われた中で3号機が最も大きく損壊した。
他原子炉との比較から推測ができるに過ぎない。

(1)は津波対策、全電源喪失対策の不備において行政責任があるだろう。

メルトダウンした日本―船橋洋一氏インタビュー(上)
−−転載開始−−
14日夜9時半ぐらいから15日の昼にかけて、政府の職員たちをみんな逃がしている。その一方で、同じ頃、菅さんは東電に乗り込んで「お前ら、死ぬ覚悟でやってくれ」と言っている。
(略)
保安検査官の逃走というのは、一種の規制体制、規制レジームのメルトダウンだったと思います。
──米国もこの事実を聞いてびっくりしたとのことですね。
米国のNRC(原子力規制委員会)の2人に聞きましたが、2人ともびっくりしていて、「信じられない。アメリカだったら、完全に首だし、はっきり言って監獄行きだね」と言っていました。
米国の保安検査官というのは、家族と一緒になってプラントの近くに住むのです。家族の命もかかっているから、死に物狂いで安全を守るのだと言っていました。
−−引用終わり−−

ーー朝日新聞吉田調書からーー
各原発には、原子力安全・保安院、今なら原子力規制庁に所属する原子力保安検査官が、常駐する制度になっている。
 東日本大地震発生時、福島第一原発内にも当然いて、地震後一時、免震重要棟に入っていた。だが、しばらくして南西5kmのところに福島オフサイトセンターが立ち上がると、そこへ移動した。
 2日後の3月13日午前6時48分、そのころオフサイトセンターに詰めていた東電原子力担当副社長の武藤栄が、吉田に、保安検査官が福島第一原発に戻ると連絡してきた。
 「保安院の保安検査官が、そちらに4名常駐をしますと。12時間交替で1時間ごとに原子炉水などプラントデータを、報告をするということになります」
 吉田は即座に「保安検査官対応!」と受け入れ態勢を整えるよう部下に指示した。
 保安検査官はその後しばらくしてやって来たが、3月14日夕方、2号機の状況が急激に悪化するとまたオフサイトセンターに帰ったとみられる。そして、15日朝、オフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)が原発から60km離れた福島市(福島県庁)へ撤収すると、いっしょに行ってしまった。

 作業にあたる義務のない者が自発的に重要な作業をし、現場に来ることが定められていた役人が来なかった。
−−転載終わり−−

[改訂][続]吉田調書から学ぶ、「原発と人間」

【東日本大震災】:福島第1原発事故 政府事故調の調書、・・・
『保安院の保安検査官が福島第1原発からオフサイトセンターに撤退した問題について、保安院職員は調書で、経産相の意向で検査官に現場に戻るよう指示があったにもかかわらず、一人の検査官が「現地に行ってもどうにもならない。なぜ行かなければならないのか」と反対したことを明らかにした。』
posted by たかおん at 21:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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