2015年02月14日

70年代のマンガ文化を体現したジョージ秋山

【1】仮説「70年代のマンガ文化がアニメ文化の下地になった」
 特定の媒体において、作者同士が影響しあって、急激に成熟していく、という事を辿ることは、実に楽しい。私は単に傍観者であるに過ぎないのであるが、同じ時代を生きた、もしくは遅れて文化の残り香を嗅いでいる、と考えるだけで、その場に居合わせた事が実に幸運に思える。
 特に1970年代はマンガ文化が表現や内容面で競い合って成熟した。この事が後にアニメが勢いを保ちつつ、長きに渡り隆盛を得ている事の下地になっていると思われる。
 手塚治虫がマンガとアニメの二足のわらじを履いて、自分のマンガ作品を次々とアニメ化して活躍したことを考えれば、当たり前の事ではある。「劇画の台頭」と対応する形で、手塚の『地球を呑む』『奇子』『きりひと讃歌』『空気の底』『ブラックジャック』が発表された(1)。
 手塚が一時期居住していた「ときわ荘」の住人でもあった水野英子は女性少女漫画家の草分け的先駆けになり、歴史上の時代を背景にして壮大な西欧ロマンを描いた。『ブロードウェイの星』では黒人差別問題やベトナム反戦運動を取り上げている(2)。水野以前は少女漫画は男性が描いていた。驚くことに松本零士にも少女漫画作品が多数ある。
 1970年には「女性版トキワ荘」として「大泉サロン」が形成され、竹宮惠子と萩尾望都が同居していたアパートに多くの女性漫画家が集まり、表現や物語・社会背景構築を競いあった(3)。

(1)手塚治虫Wiki
(2)水野英子Wiki
(3)大泉サロンWiki
「大泉サロンとは、竹宮惠子と萩尾望都が同居し、「24年組」と呼ばれた漫画家達が集っていたアパートを指す。」


【2】マンガに当時の社会問題を大胆に取り入れたジョージ秋山
 ジョージ秋山はマンガという表現媒体を通じ、喫緊の社会問題を取り上げた。秋山曰く「全共闘とか、東大紛争、皆が共有していた。」ということである。
 秋山は『銭ゲバ』(1970)で水俣病被害を銭で封じる蒲郡風太郎を描いた。公害を告発する小説家に「公害はうんこだ!あんたはひとにうんこをくわしているんだ!」と言わせている。ゲバとはゲバルトの略語であり、国家に対する実力闘争を意味した。作中での「銭ゲバ」とは銭のためにはなんでもする奴と説明されている(1)。

 魔魔男爵の「神は死んだ」で始まる、ジョージ秋山作漫画『ザ・ムーン』(1972)。正義の実現のため2兆5000億円を費やして意識を通じてリモートで操作する「ザ・ムーン」を建造する。
 世直しのために水爆を使おうとする「連合正義軍」と、ザ・ムーンとそれを操る少年少女は戦う。少年少女を忍者にように陰ながら「糞虫」が助ける(2)。
 作中には広島や長崎の原爆によって発生した悲劇が語られ、使用されようとする水爆の威力も記述され、水爆による世界滅亡の脅威を伝える。
「アメリカやソ連ではメガトンよりもさらに強力なベガトン爆弾を研究している。
もし、東京に一発おとせば東京は全滅・・・さらに仙台から大阪までのあらゆる生物は焼け死ぬという。日本は三発で世界は30発で全滅する。」

 『アシュラ』(1970)では平安時代末期を舞台にして、飢餓による地獄絵図を描いた。人肉食などの過激な描写に世間の非難が殺到したジョージ秋山最大の問題作である(4)。驚愕すべきことに『アシュラ』は2014年に原作の世界観に忠実な形で劇場アニメ化された。監督は『鴉 -KARAS-』や『神撃のバハムート』を手がけた、さとうけいいちである。

 同時期、山上たつひこ『光る風』(1970)が発表され、放射能禍と米軍支配を取り上げた。後の『はだしのゲン』(1974)登場の露払いになったと思われる(3)。
大胆なSF的世界観構築では小室孝太郎『ワースト』(1969)が重要な作品である(5)。
公害問題取り上げた作品としては『漂流教室』楳図かずお(1972)も挙がる(6)。

 作家同士が影響しあって、マンガ文化を成長させた。竹宮恵子は表現の限界を競い合ったと述べている。マンガ作品を通じて社会問題を認知させる手法において、ジョージ秋山は大きな役割を果たした。

 3.11後に我々が目の当たりにしたのは、恐るべき報道統制の世界である。ツィッター上では当時のベトナム戦争を批判して、ラジオ局からパージされた元ジャーナリストの告発もあった。歴史は繰り返すというよりも、戦後は米政府と通じた官僚機構によって統制され続けていたのが実態である。

 GHQは日本占領期間中の7年間、「プレスコード」敷いて言論統制を行った。しかし、当時のマンガ出版を支えた少年向きの講談本・落語本「赤本」は子供向けということで、検閲を受けなかった。この事が後々にマンガが社会問題を捉え、作中に盛り込む事を許された遠因になっている可能性がある。

(1)『銭ゲバ』Wiki
(2)『ザ・ムーン』Wiki
(3)『光る風』『きりひと讃歌』『はだしのゲン』をつなぐ放射能禍
(4)アシュラ (漫画)
(5)手塚治虫の系譜を継げなかった男・小室孝太郎の悲劇
(6)漂流教室Wiki


【3】『ぼくらの』を産んだ『ザ・ムーン』
 以前取り上げた鬼頭莫宏原作マンガ『ぼくらの』は秋山の『ザ・ムーン』を下敷きにしていることを作中にて宣言している。
「物語のコンセプトはジョージ秋山の漫画『ザ・ムーン』に範をとったものであり、単行本1巻の初期の帯には秋山が推薦文を寄せていた。また、ジアースの名称も『ザ・ムーン』に肖ったものであり、作中で名付け親のマキがその旨を話している。」(1)
 アドバイザーとして重要な役回りをする「コエムシ」を漢字で書けば、おそらく「肥虫」。その由来は『ザ・ムーン』の「糞虫」から来ている。
 鬼頭は「『ぼくらの』を描くきっかけは「魔法少女モノ」であり、主人公が大きな力を得た代償として周囲を危険に晒してしまうところから、操縦すると人が死ぬロボットが発想されたという」(1)とも述べている。
 先達の作品があって、それを土台にして後続の作品が生まれる。日本のマンガやアニメ産業は連鎖しながら、数多の作品を送り出してきた。祖先を敬うが如く、ジョージ秋山諸氏へはただひたすらに感謝するのみである。


(1)『ぼくらの』Wiki
論考・アニメ『ぼくらの』この世は命を尽くす価値が有るのか? 
実はおすすめです 漫画「ザ・ムーン」

posted by たかおん at 23:27| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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