2010年02月26日

坂口安吾文学を土台にして、一億総白痴化の舞台裏を映像化した『白痴』

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(敬称略)

○そもそも「白痴」が死語になりつつありますが・・・

 坂口安吾の「白痴」という小説があり、漫画家つげ義春風味の退廃ムード漂う不条理作品となっております。
 1999年坂口安吾小説白痴
手塚眞映画化、先日観る機会を得ました。146分の映像作品となっており、さすがに長いと感じます。一言で評すれば、『芸術が好きな人』は観ておくべき作品です。
 手塚眞ブログにはどこかの女子高生が書いたのかと勘違いするような散文的な日記が書きつけてありまして、坂口安吾の重々しく含意ある文体とはコントラストを成しています。しかるに、不得手な文学的な基礎部位は坂口安吾作品を土台にして、その土台の上に手塚ワールド全開の映像作品を建立してみたのではないでしょうか。

○「視聴率80パーセントスーパーアイドル
 主人公伊沢は下宿している下町を抜け出て、空襲焼け野原となった町を歩き、バベルの塔のごとくそびえ立つ近代的なテレビ局へ出社します。そこはリアルタイム軍部検閲下にあり、戦意高揚プロパガンダ情報宣伝媒体と化し、暴が支える権力に支配された抑圧のフィールです。
 君臨するは視聴率80パーセントスーパーアイドル銀河様です。スーパーアイドルならではの演出やダンスが繰り広げられ、劇中劇としては驚くべきクオリティとなっています。
 Webを一覧したところ、情報統制下にあるテレビ局と戦時の焼け野原で文字どおりの苦境に喘ぐ庶民の対比について触れている感想は殆どありません。希に触れているページには、違和感があると否定的な感想が載っています。私は寓意を持って、テレビ局と庶民生活の乖を極端な形でわざわざ描いているのだと思います。

 戦火を潜り抜け、マンガが描ける喜びを語った父・手塚治虫バックボーンと、テレビ界に携わった
塚眞
自身を主人公伊沢に重ね合わせ、不条理な映像世界を作ったのでしょう。本作はビジュアリストを名
乗る手塚眞の作でありますから、警句としての映像としてよりも、映像美を主眼にした映像作品であると考えるのが穏当でしょう。


 一方では手塚をして「業界からはみだした映画白痴』ならでは」と言わしめ、テレビ業界意図して皮肉ってもいるのでしょう。

○虚妄が具現した現在 本作は1998年撮影され、1999に封切りされています。直接制作費で7億5千万円と言われ、金額相応に美創作や物量が投じられています。
 すでに、十余年が経過。時勢も移り変わり、作中に出てくる6発エンジン爆撃機こそ飛来してないものの、東京大阪CIA特捜部による政権党への弾劾、CDS金融核爆弾の炸裂、米議会トヨタつるし上げ見られる日本産業界に対する攻撃、日に日に窮乏する庶民生活、そして、CIA検察統制情報たれ流しの虚妄テレビマスコミ堕落と、まるで映画白痴」が描いた世界観がそのまま現代社会に具現したかのようです。

 坂口作品が漂わせる退廃と諦観のムード、そして手塚治虫遺伝子たる手塚眞映像美の融合が「白痴」の魅力です。私が付け加えて強調したいのは、意図したのかしないのか解りませぬが、過去
描いた作品が図らずも近未来予言映像となった本作に、高い評価を差し上げたいということです。


(参考情報
白痴 監督:手塚眞
http://www17.plala.or.jp/herfinalchapter/hakuchi_teduka.htm
白痴』(手塚眞監督)
http://www.korpus.org/corpus/contents/cine_journal/data/hakuchi.htm
白痴 [DVD]
http://www.amazon.co.jp/%E7%99%BD%E7%97%B4-DVD-%E6%89%8B%E5%A1%9A%E7%9C%9E/dp/B00005MI7C
映画ルナシー」と手塚眞さん
http://www.shibuyabunka.com/culture.php?id=19
白痴 坂口安吾小説を手塚眞映画化。2時間半は長すぎる!
http://www.eiga-kawaraban.com/99/99081102.html
 坂口安吾の代表作『白』を、ヴィジュアリスト手塚眞映画化過去未来かも分からない、想像の中の日本。そこには半ば日常と化した戦争が続いており、空襲によって町も人々も殺伐とし、荒みきっていた。伊沢は、映画製作の夢を抱きながら、今はテレビ局の演出助手として働いている。場末路地
住む彼の隣家には夫・木枯と白痴の妻サヨがいた。伊沢は、現場傍若無人を繰り返すカリスマアイドル銀河の画策で身も心も打ちのめされてしまう……。
posted by たかおん at 18:11| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

直球ど真ん中の反戦映画「スカイ・クロラ」

憲法記念日|09年5月3日・社民党 1:37分頃からスカイ・クロラについて
http://www.youtube.com/watch?v=zlmJizovj9M&feature=channel

(敬称略)(ネタバレm(._.)m ゴメン)
○アトムの子らによる精神の所産
 戦後のアニメ史は劇場映画の東映動画とテレビアニメ開闢者手塚治虫の虫プロとの2大勢力が牽引し、後に数多くのアニメスタジオが設立され、多製産体制が維持されることとなります。
 手塚はマンガで社会に対し直裁な告発を行ない、触発された作家たちによって70年代にはマンガは表現・内容共に成熟期に突入します。東映動画出身の宮崎駿はアニメ「もののけ姫」(1997)にて天皇教との頂上決戦を果たし、以後は若年層に対する「生き方」について励ましを込めた作品へと転じて行きます。
 「Noir」(2001)に触発されたと推測される竹田青滋プロデューサー(TBS)「機動戦士ガンダムSEED」が2002年に登場、Production I.G製作BLOOD+(ブラッドプラス)(2005)にて驚愕すべき大胆な映像表現でアメリカ帝国主義批判を展開します。
 「キル・ビル Vol.1」(2003)年のDVDにProduction I.G石川光久社長が、ジブリ鈴木敏夫とのプロデューサーとの会話について触れています。共労関係にあった2社が綱引きをしているような事が語られています。
 私の観察では、興行としてはジブリが優勢ですが、現在「アトムの子」としての遺伝子を引き継いだのは竹田青滋作品群とProduction I.Gの押井守とその門下の方々のように見受けられます。

○恋愛作品としての「スカイ・クロラ」
 知人に「スカイ・クロラ」について薦められていたのですが、「攻殻機動隊イノセンス」のようにまた難解な映画なんだろうと考えて、「はー、そうですかー」と上の空でした。憲法記念日に福島みずほ社民党党首が「スカイ・クロラ」について触れておりまして、慌てて見ました。
 出だし、「震電」を近未来風にアレンジした戦闘機「散香」のドッグファイトから始り、脱出するパイロットを機関砲で撃ち殺すという衝撃的なシーンが出てきます。まずは登場人物達が抱えている「目的」を的確に表現するわけです。
 Gonzoが培った「戦闘妖精雪風」(2002)「LAST EXILE」(2003)の空中戦のテイストが反映されているとも言われています。「戦闘妖精雪風」は近未来ジェット戦闘の最先端を行く映像作品であります。「スカイ・クロラ」レシプロエンジンのプロペラ機ではありますが、本作品にも映像表現技術が導入されているようです。
 キルドレは近未来の特攻隊です。しかも、死んでも前任者のクローンが再赴任してきます。再赴任してきた函南優一(ユーイチ)の未来を切り開くため、上司として、草薙瑞季の母として、女として草薙水素は絶対に倒せない強敵ティーチャーに挑みます。ティーチャー負けて果たせぬ想いをユーイチは引き継ぎ、死して未来を繋ごうとします。
 犬は除くとしてすべての人物の挙動や台詞に、表立ったものとは違う意味が含まれており、それが最後に判然とするとき、作品が繰り出す強烈なメッセージが見ているものを打ち倒します。スカイ・クロラは精緻に計算しつくされ、これ以上にない鮮烈な恋愛作品として仕上がっているのです。

○反戦作品としての「スカイ・クロラ」
 スカイ・クロラで検索すると上位に竹熊健太郎のふざけた感想文が出てきます。しかも、それを引用したブログまであります。竹熊健太郎の感性が腐っているのか、「他人の評価」という空気を読みすぎているのか、作品が投げかけているメッセージを汲み取るだけの一般教養が無いのか、それとも、3つとも含んでいるのかわかりません。他のブログなどを見るとある意味「一般的な意見」です。
 一つには反戦作品としての「スカイ・クロラ」という視点が抜けてしまっているのです。本作品は社会的なメッセージを抜いて見ても素晴らしい映像作品です。ですが、私は「作家・押井守」が込めた意志を受取り、咀嚼してみたいと思います。
 「スカイ・クロラ」を見ると「読売新聞」が頻繁にでてきます。紙面では戦争体制を煽る記事が踊っています。出撃基地はアイルランドを思わせる風景で、イギリスと欧州ヨーロッパ大陸を挟んでの大規模合同作戦には「日本人」と「ポーランド人」がでてきます。 傭兵としてヨーロッパの代理戦争をやらされている特定の人種として「日本人」は「ポーランド人」と一緒に出てくるわけです。大国間の代理戦争をやらされる、弱小国家もしくは人種として翻弄される様が描かれます。
 単に劇場映画「アヴァロン」のポーランドロケの体験から、そのような人種選定になった可能性もありますが、「スカイ・クロラ」でも「ポーランド」事前ロケを行なっています。
 「キル・ドレ」は高校生ぐらいの子供です。草薙水素(スイト)は見た目はなで肩の子供の体つきですが、歴戦を闘い抜いた老練な司令官です。
 中国で、終戦間際にソ連戦を戦った人によると、突撃前日には酒が振る舞われました。その人は隠し持っていた高級ウイスキーを一人で飲んでいたで助かったそうですが、他の隊員達は数人ずつ車座になって飲んでいたので、地雷を爆発させて自決してしまう組がでたそうです。そして、いざ戦闘となると、若い兵隊ほど地雷を背負って突撃していったそうです。年配の人はなんだかんだと背負わなかったそうです。
 前任者のクローンであるユーイチは技術は伝承されていても、生きた経験は短いのです。文字どおりの若者です。若いから死ねる、もしくは、自らの意志で死地に赴くことができるわけです。「スカイ・クロラ」は特攻隊の精神構造を反映し、現代の持てる表現でその背面に潜む非情な様を、私達に問いかけているのです。

○音響に関して
 AIR氏によると、「スカイ・クロラ」の音はデジタル・マクロフォンによって録音されたのではなかろうか、という御指摘をされています。
-AIRの暇つぶし日記 2009/03/09(月)  スカイ・クロラ。から転載開始-
http://diary1.fc2.com/cgi-sys/ed.cgi/airair/?Y=2009&M=3
http://diary1.fc2.com/cgi-sys/ed.cgi/airair/?Y=2009&M=7
デジタル・マクロフォンは、まだ出てきたばかりの技術と言える。
マイクがあってもそれとのインターフェース、操作が重要であり、開発費も膨大、録音システムへの導入経費もかなりかかりそう。
(略)
スカイウオーカー・サウンドとかなら、金はあるので、採用しているのかもしれない。
何故かと言うとスカイ・クロラの音を聴くと、マイクケーブルのロスを感じさせないものがあるからだ。
-転載終わり-

○キャスティングについて
 「スカイ・クロラ」は興行上保険をかける意味で有名俳優陣を声優として充てたのかもしれません。菊地さんの「かわいそうなんかじゃない。侮辱だ。」はハッとする名演技だったと思います。
 しかし、控えめすぎる表現で台詞を入れていると思われるキャストもいらっしゃって、キャスティングについては考慮の余地があったのではないかと思います。
 日本の声優の技量はとても優れています。つとに名を馳せている名声優を起用した方が後世の評価は高めることとなったでしょう。
 アニメーションは日本が誇る総合芸術であり、日本という国が地球上から消えても、ジャパニメーション作品群は日本の一時代を記憶する歴史の産物として、文明社会が続くかぎり未来永劫引き継がれていく事でしょう。その作品を彩る声優さん達が吹き込んだ肉声は、同じ時代を生きた私達が未来へ託したメッセージでもあるのです。

(参考)
福島みずほの人権いろいろ
父から引き継ぐもの
http://www.kaihou-s.com/iroiro/iroiro_0902.htm
スカイ・クロラと崖の上のポニョ 2008/8/27
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-entry-944.html
スカイ・クロラ 2008/8/10
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-entry-923.html
憲法記念日|09年5月3日・社民党
http://www.youtube.com/watch?v=zlmJizovj9M&feature=channel
1:37分頃からスカイ・クロラについて
posted by たかおん at 23:04| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

『明日への遺言』見て爆泣き。・゚゚・(>_<)・゚゚・。

敬称略
○『明日への遺言』見て爆泣き
 読書感想文で「泣きました」というのは最悪の内容である、と習っておりますが、実際に爆泣きした事実を避けて論評するのは不自然であるので、素直に書きます。
 原作、大岡昇平 『ながい旅』、藤田まこと主演の邦画『明日への遺言』を見て圧倒されました。一つには日本の統治層が失いつつある原理原則を貫く精神が、見事に再現されていることです。原作とはタイトルを変更して「明日への遺言」とした意味は、現代日本のかじ取りを行なっている指導者層へ向けた諫言であるということなのでしょう。

○自らの死刑と引き換えに、無差別爆撃という戦争犯罪を告発
 岡田資(たすく)中将は米軍捕虜を処刑したことによりB級戦犯として裁かれる立場に置かれます。「無差別爆撃は戦争犯罪であり、捕虜は処罰した」という主張を最後まで貫きます。「処罰でなくて報復」とするならば、岡田中将は死刑を免れ、アメリカも無差別爆撃という戦争犯罪を追求されなくて済む「手打ち」で終わらせることもできたわけです。しかし、処刑は岡田中将が不在のうちに部下らが手を下したのですが、岡田中将は「部下がやった事の全責任は自らにある」と言い切って、処刑台に登ります。

○戦争を経験した人のみが知る凄味
 藤田まことは出征した実兄を沖縄戦で亡くしていることから、この難役を半年も考えぬいた後に引き受けることにしたそうです。「必殺」シリーズでは度々見受けられた馴染みの顔と演技ですが、この作品においても部下に対する労りの表情や、不正には毅然と立ち向かう姿勢などがいかんなく発揮されています。
 戦犯法廷は戦時と平和な今を繋ぐ「窓」であり、そこで岡田中将演じる藤田まことは語り部として振る舞うわけです。あまりに大きな歴史の断層を、戦争を知る人物が正論を掲げて表現することによるインパクトは見る者の情動を揺さぶって余りあるものなのです。

○付録・昭和天皇から、「白州がすべてわるい」と一喝された。
 元レバノン大使天木直人氏のブログによりますと、
--以下転載--
 産経新聞は豊下楢彦著の「昭和天皇・マッカーサー会見」(岩波ゲンダイ文庫)を読んで、日米安保条約交渉史を学んだほうがいい。
 あの時吉田茂と外務官僚は、日米安保条約を従属的なものにしてはならないと、必死の外交努力を重ねた。
 さすがの米国側も、こんな従属的な関係は長くは続けられないだろう、反米感情が起きるだろうと、自覚していた。
 ところが、昭和天皇の一声で、沖縄が切り離され、米国の欲するまま、やりたい放題に、日本全土を米軍基地化する日米安保体制が出来上がってしまった。
 吉田の信頼を得て自主、自立外交を貫こうとした白州次郎は、昭和天皇から、「白州がすべてわるい」と一喝された。
 以来今日まで、吉田茂の期待に反して誰一人対米自立の外交を進める者は出現しなかった。
--転載終わり--
 ということだそうです。NHK番組「その時、歴史は動いた」はマッカーサーの自伝を引用して、昭和天皇が一身に責任を負うつもりだった、と解説していましたが、番組タイトルを『その時、歴史を捏造してみた』変更した方がよいと思います。
 徳川家の流れを汲む名家出身の松平キャスターがタクシー運転手を足蹴にして降格されたことこそが、「その時、歴史は動いた」という番組が産まれるきっかけになった「歴史が動いた」瞬間なのでしょうね(^-^;
 ・・・という皮肉はさておき、岡田中将と昭和天皇は人格からいって「月とスッポン」「釣り鐘と提灯」「岡田中将と昭和天皇」なんでしょう。昭和天皇が没して密約が切れた時期を同じくしてソロモンブラザーズによる東証での空売りに端を発するアメ帝による日本没落戦争は今や双方の凋落を見る形で最終段階を迎えています。
 私達は過去を知り、反省を踏まえて、祖国の危機に立ち向かわなくてはなりません。

参考リンク
昭和天皇とマッカーサー
http://www.amakiblog.com/archives/2008/07/29/
麻生批判をしたニューヨーク・タイムズ社説に噛みつく産経新聞の無理解
http://www.amakiblog.com/archives/2008/09/29/
映画のメモ帳+α
http://moviepad.jugem.jp/?eid=177
超映画批評『明日への遺言』70点(100点満点中)
http://movie.maeda-y.com/movie/01060.htm
posted by たかおん at 21:54| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

「N・H・Kにようこそ!」へようこそ-これから社会へ出る若者へ贈る警句の書-

nhk_tva_top.jpgN・H・Kにようこそ! ネットに悪口が溢れる理由
http://www.youtube.com/watch?v=HXKrLLzBVvY&feature=related
「N・H・Kにようこそ!」(アニメ版)
http://www.kadokawa.co.jp/hikky/index.php?cnts=story
YouTubeから全国区!?異色作「N・H・Kにようこそ!」
http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/32417/
□ひ○こ○りがトレンド?アニメ『N・H・Kにようこそ!』ついに放送開始
http://hobby-channel.net/content/view/1231/67/

○「N・H・Kにようこそ!」はマンガを通じた警句の書
 その昔、「アイドル天使ようこそようこ」全43話(1990〜1991年)なんて作品がありました。 N・H・Kにようこそ!というアニメが有ることは知っていたのですが、狙いすぎたネーミングを目にしてドン引き状態で、観ることもありませんでした。ところが、お得意のゴミ捨て場漁りで、「N・H・Kにようこそ!」のマンガ4冊を拾いましたので、読んでみました。最初の印象は画力があるなと感じ、まぁ、よくある青春ものマンガかな?と読み進めまして、驚愕しました。
 これこそが、現代ニホン社会が求めている若者へ向けた警句の書であったのです。

○ひきこもりからネット自殺まで現代社会の問題点が多士済々
 ひきこもりを脱出するためにあの手この手を模索するわけですが、どれも「現代ニホン社会の落とし穴」だったというのを「ようこそ」と締めくくっています。宗教勧誘・エロゲーム製作・マルチ商法・ネットゲーム中毒・自殺サイトなどなどです。
 まぁ、私のように薄汚れてきますと、既に知っていることだよフンフン、と受け流して終わりですが、これから詐欺師天国ニホン社会へ参戦する若い人たちには、十二分に意義がある作品だと思われます。

○正面切って、エロゲーム批判
 世の中にはいろんなタブーがありますが、オタクの間では「エロゲーム批判」が最大のタブーです。特撮と一緒で、エロゲームも黎明期に傑作が出てしまいました。あとは類似の構成で焼き直しか、過激なエログロ路線へ邁進する状態となっています。
 かつて、青森県の御曹司小林君が拉致監禁事件を起しました。日本テレビの「バンキシャ」では「マンションの実物大の模型」まで作って拉致監禁の状況説明を行いまして、「エロゲームが3000本」あったことも報じました。パッケージ入りのエロゲームが3000本でっせ!系統は監禁系のが多かったようで、大きなジャンル分けでは鬼畜系というべきでしょうか。少なくとも鬼畜系エロゲームは3000本は存在するわけです。
 問題なのは段々自堕落な方向へオタク産業が引っ張られつつあるような気がするわけです。アキバ系といっても、ダークな側面もあるのであって、未成年ポルノ図画で商行為を行なっているシェアというのは決して小さくないのです。
 「N・H・Kにようこそ!」では主人公佐藤達広と山崎薫がエロゲームを製作する事を主軸にストーリーが展開して行きます。アニメでは「ギャルゲーム」となっていますが、実際は「未成年ポルノ図画ゲーム」です。コミックマーケットでの大量販売を狙うために、段々と狂気の設定を盛り込もうとしていきます。メジャーな作品で、面白おかしくでは有りながらも、正面切ってエロゲームの問題を突いた作品として、「N・H・Kにようこそ!」は高く評価されるべきでしょう。

エロパロディ同人誌はオタク産業を滅ぼす 〜あえて表現規制の必要を問うてみる〜
http://wanwanlapper.seesaa.net/article/62126409.html

○宗教勧誘がうざいです
 「N・H・Kにようこそ!」は主人公佐藤達広とヒロイン中原岬は宗教勧誘を通じて知り合います。
 私個人も今だに宗教勧誘を食らうことがあり、本当にうざいです。
 先日、日曜日に取引先の人から電話があり、お伺いするので会って欲しいというので、会ってみました。依頼した見積りをわざわざ「日曜日に持参」するのかと思ったのです。実に殊勝な商売人だと感じ入っておりましたら、何のことはない、日蓮系の宗教勧誘でした。
「創価学会との抗争乙」
「一アニメ作品よりも世界観が脆弱」
と言ったのですが、全く怯みません。
結局、適当にあしらって返しました。幸いに自分の所の事務所で会ったので追い返す事が出来ましたが、勧誘してきた側の車に乗って、どこかのファミレスに連れていかれたら最後、3時間コースで押し問答する状態になったかと思われます。
 で、おかしいと思ったのは、そこの取引先からいろいろと資材を購入しているので、私の方はあくまで「お客様」なわけです。普通は独裁社長が従業員に対して強引に宗教を押しつけるとか、商取引上の優先的立場を利用して宗教への入信を迫るとかならよくある話ですが、逆でっせ?しかも、見積書を上げるよりも先に宗教勧誘に来るって狂ってるよ。当然、

 「そこの業者から一切モノを買うのを止めました」
posted by たかおん at 13:08| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月24日

エロパロディ同人誌はオタク産業を滅ぼす 〜あえて表現規制の必要を問うてみる〜

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○エロパロディ同人誌とは何か?
 アニメやゲームのキャラクターを使ってエロマンガを自主出版したものをエロパロディ同人誌と言います。基本的に同人誌=エロパロディ同人誌と同意義で使われていますが、エロでない同人誌もあります。
有名キャラクターを使った同人誌はいかがなものか…
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=24206750&comm_id=189071&page=all
↑このようなトピックもあり、アニメキャラクターの盗用による猥褻描写については批判の声も挙がっております。
都施設でポルノ漫画即売会、過去6回開催
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=321787&media_id=20
↑以後、同人誌即売会は行政の施設を使って行なうことは出来なくなるでしょう。
 コミックマーケット(以後コミケ)なるものがあって、かつては紀宮妃が学習院のマンガ研究会で銀河英雄伝説の同人誌を制作・出店したという噂が流れましたが、真偽の程は定かではありません。コミケが日本最大の同人誌即売会です。かなりの比率でエロパロディ同人誌のブースで占められています。
 地元の友人でコミケのときだけは3倍の速度で動くと言われてる男がいます。コミケのカタログを事前にサーチして、友人達と巡回の分担作業を練ります。そして、開催日前日から徹夜で並んで、開始と同時に可能な限りの巡航速度で決めた順序で回るわけです。そこまで労力と金銭を費やしてまで買うものか?と思うのですが、エロパワーは無尽蔵なのでしょうかねぇ。
 エロパロディ同人誌は黙認されているだけで、著作権違反です。かつて、ピカチューのエロパロディ同人誌を出版して逮捕された女性がいました。ですから、著作権者が対処すれば一網打尽なわけです。かなりグレーな著作物が長い間大量にアングラルートで流通するという事態が続いていました。私はかつて大手サークルの搬入を手伝ったことがあります。1Box車にダンボールを20箱ぐらい積み込んで搬入しました。さぁ、終わりかな?と思いましたら、今度は印刷屋のトラックが降ろしていった同人誌を運び込みます。壁を背にしているサークルは概ね「大手サークル」と呼ばれているところで、壁面一杯に同人誌が積み上がります。そうやって、積み上げた同人誌はわざわざ
「通販用に少量だけ取り分けておきます」
なぜなら確実に全量売り切れるからです。

○エロパロディ同人誌の功罪
 宮台真司という社会学者が児童ポルノ禁止法制定の時に、ロビイングして「子供ポルノアニメ・漫画」を規制対象からはずしてしまいました。宮台氏の主張では、猥褻著作物は統計上犯罪に繋がらないということを主張していましたが、残念ながら彼は社会学者であって経済学者ではありませんでした。この問題はどちらかというと経済的な側面が強いと思います。
 もし、「子供ポルノアニメ・漫画」を規制しておけば同人誌市場は存在しなかったでしょうし、エロゲーム市場も存在しなかったでしょう。労働市場には労働選好性がありまして、儲かるとなればどんどん労働者が流入してきます。大手サークルはコミケで数百万の売上を計上します。印刷屋は比較的低価格で印刷します。なぜか、売り子もボランティアだったりしますので、高い利益率を誇ります。年2回のコミケの売上だけで生活していくことが出来るのです。しかも、ページ数はたいしたこともなく、内容もそれほど稠密というわけでもありません。(見たことあるよ(⌒^⌒)bうふっ)
 同人作家からメジャーデビューした方もいます。アニメ作品も作られました。服飾デザインはアンアンとかノンノを山積みにして参照していました。キャラクターデザインは今風で手堅いというか、よくありがちな感じでした。しかし、残念ながらというか当然ながらというか、それ以後続きません。結局何か伝えたいとかいう強烈な主張はないのです。過去のマンガやアニメへのオマージュは強くあるのですが、それだけです。自分のセンスで再構築しただけでした。
 確かに他の作家も同じとは言えません。江川達也氏のようなメジャー作家がエロ演出を通じて、社会問題を語ることもあります。自身で売るための手段を構築したというような事を豪語していましたが、その手法はエロ演出だったということです。
 かといって、エロ演出はマンガやアニメに必須ではありません。エロ演出に頼らない傑作は山ほどありますし、エロ演出に頼らないのがノーマルなのです。

○児童ポルノ禁止法改正について考えましょう。
 野田聖子衆議院議員が児童ポルノ禁止法の改正を推進しています。自民党では部会で話し合われる前の段階です。参議院選挙で大敗したので、自民党としては児童ポルノなんかかまっている場合ではないのかもしれませんが、法改正についての動きはあるようです。
1つ目は、単純所持の禁止を盛り込みたい。
2つ目は、子供ポルノアニメ・漫画の取り扱いに関する法律の制定

 単純所持禁止は行きすぎではないでしょうか。

 日本の刑法は制定当時はヨーロッパの影響を受けましたが、現在はアメリカの刑法の影響を受けています。共謀罪もアメリカの要望によるものでしょう。アメリカはテロ対策の名目で収容所を作っているようです。テロ協力に関する密告制度もあるようで、無実の証明は被告側にありまして、無実の証明が出来ないと財産没収となるようです。アメリカの民主主義はまやかしなのです。それは選挙制度にも現れています。
 アメリカは投票権利は登録しないと得られません。有権者登録は七割以下で投票率も50%前後で、有権者全体の35%前後の投票率です。日本も参議院選挙では投票葉書には投票所の終了時間が20時までと印刷されているにも関らず、最大4時間も閉鎖時間を繰り上げました。
 アメリカは児童ポルノに対する規制は厳しく、FBIが製造元を摘発を行なっています。アメリカの児童ポルノ取締まりの歴史によれば単純所持の取締まりはあまり効果がなく、製造元や販売元を取り締まる事に重点を置いているようです。日本も出版社を摘発する事例が多いようです。
 ですから、単純所持禁止は必要ないのではないかと思いますし、国民としては司法のための別件逮捕の「ツール」になってしまうことを恐れます。

○わいせつとは何でしょうか?
 耽美主義の谷崎潤一郎「細雪」、自然主義?の田山花袋「蒲団」などの小説がエロだとか議論を呼びました。1957年には有名なチャタレー裁判事件が起こります。イギリスの作家D・H・ローレンスの作品『チャタレイ夫人の恋人』を日本語に訳した作家伊藤整と、出版社社長に対して刑法第175条の猥褻物頒布罪が問われた事件です。
最高裁はわいせつの三要素を示しました。
徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、
且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し
善良な性的道義観念に反するものをいう
結果的に検察の猥褻文章の主張を退けて無罪判決に到ります。

「細雪」はどんなにエロいのか、日本文学全集から穿くり返して呼んでみましたが、エロ描写は3行程度でした。「蒲団」に到ってはエロ描写そのものがなかったような記憶があります。
チャタレー婦人事件の場合は戦争批判の強さが、刑事告訴の主要因だったと噂されておりますが、結果的に裁判においては表現の自由が優先されました。

・・・ところが、今のエロパロディ同人誌の猥褻描写は強烈です。最高裁の言う所のわいせつ定義そのままです。耽美小説「細雪」がアリババの盗賊団なら、現代エロパロディ同人誌は「アメリカ空軍の大規模爆撃」みたいなものです。しかも、殆どの同人誌では未成年とおぼしきキャラクターの痴態が延々と続くわけです。

 かつて、「衆議院本会議場」で小林興起議員が「遊人」のマンガを手にとってエロ表現規制を訴えました。その後、小林議員は落選の憂き目に遭います。練馬在住のオタクの友人曰く「練馬のオタクを舐めるなよ〜」との事でしたが、オタクの投票行動が影響したとは考えがたいです(^-^;
 しかし、エロパロディ同人誌の退廃の惨状の目の当たりにして、小林興起前議員の主張に正統性が宿ると、私は早くから確信するに到っておりました。
 ですから、小林興起議員(当時)が郵政民営化に反対したときに、これは国運を賭けた政治問題なのだと直感したのです。結果は小泉純一郎の勝利の終わりました。そして、数多くの自殺者が発生し、我々の富が簒奪されようとしているのです。
 小林興起元議員がこそが国士であって、真に「お国のために」仕事をしてきたのです。その観点からも表現規制について多いに議論があっても良いのではないでしょうか?

 最後になりますが、私が達した結論を述べたいと思います。
 私は日本を愛しています。そして、日本のマンガやアニメーション文化を愛しています。私の予想に反して日本アニメーションは隆盛を堅持しています。しかし、膨大なエロパロディ同人誌によってオタク産業の土台が腐って来ています。人によってその見方は変るでしょう。しかし、私はエロパロディ同人誌がオタク産業を滅ぼすような気がしてならないのです。
 ローマ帝国は帝国内部の要因で滅亡したのと同じく、日本オタク産業は他国との競争や経済上の問題ではなくて、モラルの低下によって崩壊するのではないでしょうか?今こそ、「表現規制」について問われなければ、日本オタク産業の未来が危ないでしょう。


■都施設でポルノ漫画即売会、過去6回開催(読売新聞 - 10月22日 14:57)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=321787&media_id=20
posted by たかおん at 00:39| 埼玉 ☁| Comment(1) | TrackBack(2) | アニメ批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする